

1961年、現在の浜松市佐久間町(旧磐田郡佐久間町)に生まれる。
1歳の頃、浜松市布橋町に引っ越し。2人兄弟の次男として活発な少年時代を過ごしました。今考えればやんちゃなことも結構やってきたと思います^^;
私と餃子とは小学生の頃の記憶に遡ります。
小学生の頃、1週間に2~3回は餃子の日でした。昔から浜松では持ち帰り餃子を買って家で焼いて食べる習慣があり、私の家もそんな感じでした。
でも、今考えると、週に2~3回というのは多いですよね(笑)
もしかしたら、共働きだった母が、手を抜いていたのかもしれません。
餃子の日は、おかずとして餃子を食べていましたので、中学、高校の食べ盛りの時には1回に40~50個を食べていました。
焼き餃子を買ってきて食べることもありましたので、その際、昔は電子レンジなどなく冬は餃子が冷めないようにコタツに入れていたのを覚えています。
学校から帰り、コタツに入ると足に何か当たるので、すぐに『今日は餃子だな!』と分かり嬉しかった思い出も。
高校卒業後、料理人に憧れていた私は、割烹料理店で修行をします。
先輩方がたいへん厳しく、何度か挫折しそうになったこともありますが、今考えるとあの時の我慢が今日に繋がっていると思います。
1993年(31歳の時)に独立。
魚介中心の居酒屋『FUMIYA』を開店。当時はこの地域であまりなかったスタイルに、多くのお客様にご来店いただきました。
また、その居酒屋で時折餃子を提供していました。
自分が餃子好きだったので、その延長上ですね。ただ、その餃子が非常に好評で、お客様から「専門店みたい」とよく言われ、調子に乗った私は、本気で餃子をお店で提供しようと考えました。
しかし、元々魚介中心の割烹がメインで修行したため、餃子は専門外。
まずは他店の味を知ろうと、50店舗以上のお店を食べ歩き自分の求める理想像を作り上げました。
また、家で食べる餃子とは違い、特徴のあるものを提供したいという想いもあり、開発には歳月を要しました。
テーマは自分が小さい頃食べていた野菜たっぷりの餃子。身体に良く安心や安全を提供できるようなもので、いくつでも食べることができるヘルシーな餃子。
野菜はオゾン殺菌のものを使用したり、肉は地元『遠州夢の夢ポーク』の生産者である河合さんのところに何度も足を運びました。
使う食材からその配合まで、自分なりに納得できるものができあがったのは、開発から2年の歳月が過ぎた頃でした。
当時は『浜松』=『餃子』という認識もなく、『浜松餃子』という名前で呼ばれることはありませんでした。そのため、『浜松餃子』として販売を始めたのは多分うちが始めてだと思います。
2005年、浜松での餃子の消費量が日本でも有数ということから、浜松の町おこしとして『浜松餃子学会』を開設。
立ち上げの中心メンバーとして色々な協力をさせていただきました。
浜松では、昔から餃子は“おつまみ”ではなく“おかず”です。
私の実家でも、餃子の日は母が休むまもなく100個、200個と焼いていたのを鮮明に記憶しています。
餃子の街として有名になった浜松。私の大好きな『餃子』で地域の発展に貢献できればと思っています。
同時に、当店の餃子はあっさりヘルシー。野菜が多いのでおかずとして食卓に並べていただくことで、子供から大人まで家族揃って愉しんで食べていただけることと思います。
お客様の家族の笑顔が私の仕事の活力です!!
ゆくゆくは、『浜松餃子』を海外にまで発信できるよう、日々精進したいと思っています!!
浜松西ICから車で5分
駐車場完備
浜松餃子のFUMIYA
静岡県浜松市中区高丘北3-1-23
TEL:053-438-6090